30年の恩讐の結末 その2
Sさんの依頼を受け、さっそく事実確認のための調査を開始しました。
Sさんの夫であるF氏は左足が義足であることなど、じーっと見ないと分からないほど杖を使いながらも堂々とした歩き振りでした。
調査5日目。F氏は朝から出かけて病院へ向かい、治療が済むと再び車に乗り、近くのデパートの駐車場に車を止めてデパ地下の食料品売り場に足を向けました。
丹念にあちこちの惣菜店を吟味した後、ある店の懐石弁当を2個購入し、別の店でシュウマイを1パック買い求められました。所要時間は約25分。 事前にSさんから伺った話では、「主人は自分のそばにある物でも、おーい!と私を呼びつけて私に取らせるんです。私が具合が悪くて休んでいても、買い物の一つもしてもらったことがない」と言うことでしたが、実際に見たF氏の行動は、Sさんの話と随分違っていました。
Sさんの話が頭にありましたから「これは奥さんへのおみやげではないかもしれない」と予感が走りました。
F氏はデパートを出て車を出すと、とある大通りから裏通りに入り、一瞬停車したかと思うとすぐに走り出しました。
それから数分後、街中の側道に車を止めました。すると後部座席の扉が開き、年配の女性が一人出てきてF氏について歩き出しました。手にはデパートでF氏が買った弁当が入ったビニール袋がありました。それから2人は歩いて10歩足らずの建物の中に入りました。驚いたことにその建物はラブホテルでした。
不貞調査の依頼ですから何も驚くことはないのですが、78歳のF氏がまさか弁当持込でラブホテルを利用するとは思ってもみなかったというのが正直な感想でした。
その後2人は2時間と経たないうちに、ラブホテルから出てきました。
それから数日後、Sさんに報告書を手渡すことになりました。
内容が内容であり、70歳を超えた年齢であることも考慮し、言葉を選びながらの報告となりました。
しかしながらSさんは気丈でした。現実を受け止めるように報告書をゆっくりと丹念に読みながら「情けない」を何度となく繰り返されましたが、取り乱されることはありませんでした。
Sさんは「これですっきりしました。あれからもずっと続いていたのか、後になってくっついたのかは分かりませんが、どちらにせよだまされていたわけですから許すことはできません」と明瞭な声でおっしゃりました。
それからのSさんの行動力は、とても73歳とは思えないものでした。
報告から2週間後、「保利さん、私、引っ越しました」という電話がありました。ご主人とは、とりあえず次の取り決めだけをして家を出たということでした。
一離婚はしない。
一Sさんの気持ちが落ち着くまで別居する。
一別居の生活費として月額20万円を渡す。
一預金は、Sさんが預かり少しずつお嬢さん名義に切り替える。
一Sさんは、週2日、家事のために家に戻る。ただしSさんの留守中に相手女性を家に入れるようなことはしない。
その後、Sさんは「一人暮らしを始めると、自分の時間がこんなにもあるなんて今の今まで気が付きませんでした」と。
Sさんは今、茶道やクラフト工芸、山歩きの会など楽しんでおられます。
また、何かあると相談の電話があり、今も電話を通してのお付き合いが続いています。
もっとも最近は、携帯電話を持ってメール機能も覚えられたため、メールでのやり取りが多くなりましたが。
Sさんの夫であるF氏は左足が義足であることなど、じーっと見ないと分からないほど杖を使いながらも堂々とした歩き振りでした。
調査5日目。F氏は朝から出かけて病院へ向かい、治療が済むと再び車に乗り、近くのデパートの駐車場に車を止めてデパ地下の食料品売り場に足を向けました。
丹念にあちこちの惣菜店を吟味した後、ある店の懐石弁当を2個購入し、別の店でシュウマイを1パック買い求められました。所要時間は約25分。 事前にSさんから伺った話では、「主人は自分のそばにある物でも、おーい!と私を呼びつけて私に取らせるんです。私が具合が悪くて休んでいても、買い物の一つもしてもらったことがない」と言うことでしたが、実際に見たF氏の行動は、Sさんの話と随分違っていました。
Sさんの話が頭にありましたから「これは奥さんへのおみやげではないかもしれない」と予感が走りました。
F氏はデパートを出て車を出すと、とある大通りから裏通りに入り、一瞬停車したかと思うとすぐに走り出しました。
それから数分後、街中の側道に車を止めました。すると後部座席の扉が開き、年配の女性が一人出てきてF氏について歩き出しました。手にはデパートでF氏が買った弁当が入ったビニール袋がありました。それから2人は歩いて10歩足らずの建物の中に入りました。驚いたことにその建物はラブホテルでした。
不貞調査の依頼ですから何も驚くことはないのですが、78歳のF氏がまさか弁当持込でラブホテルを利用するとは思ってもみなかったというのが正直な感想でした。
その後2人は2時間と経たないうちに、ラブホテルから出てきました。
それから数日後、Sさんに報告書を手渡すことになりました。
内容が内容であり、70歳を超えた年齢であることも考慮し、言葉を選びながらの報告となりました。
しかしながらSさんは気丈でした。現実を受け止めるように報告書をゆっくりと丹念に読みながら「情けない」を何度となく繰り返されましたが、取り乱されることはありませんでした。
Sさんは「これですっきりしました。あれからもずっと続いていたのか、後になってくっついたのかは分かりませんが、どちらにせよだまされていたわけですから許すことはできません」と明瞭な声でおっしゃりました。
それからのSさんの行動力は、とても73歳とは思えないものでした。
報告から2週間後、「保利さん、私、引っ越しました」という電話がありました。ご主人とは、とりあえず次の取り決めだけをして家を出たということでした。
一離婚はしない。
一Sさんの気持ちが落ち着くまで別居する。
一別居の生活費として月額20万円を渡す。
一預金は、Sさんが預かり少しずつお嬢さん名義に切り替える。
一Sさんは、週2日、家事のために家に戻る。ただしSさんの留守中に相手女性を家に入れるようなことはしない。
その後、Sさんは「一人暮らしを始めると、自分の時間がこんなにもあるなんて今の今まで気が付きませんでした」と。
Sさんは今、茶道やクラフト工芸、山歩きの会など楽しんでおられます。
また、何かあると相談の電話があり、今も電話を通してのお付き合いが続いています。
もっとも最近は、携帯電話を持ってメール機能も覚えられたため、メールでのやり取りが多くなりましたが。
