50年前に親の反対で別れた女性に今一度会いたい その3
一週間後、私達は再び高松へと向かいました。
今度は六条町方面で聞き込みを行ったところ、あっさりと、件の酒屋が判明し、当時のB子さんの家も判明しました。残念ながらB子さんは、TさんがB子さんと別れた数年後に坂出の方へ転居されていました。
しかし、B子さんと親しくしていたという方が見つかり、その方から
『B子さんは結婚して松山の方へ移り住んでいたが、ご主人を亡くし、子供がいなかった事で婚家を追われてしまった。その頃までは手紙のやり取りをしていたが、それ以降は高松に戻られたという事ぐらいしかわからない』
という情報を得、その情報を基に次の調査へと移行しました。
B子さんが現在70歳後半という高齢である事から病院に通院している可能性が高いと判断し、老人ホームやケアセンター、大病院という順で調べていったところ、市民病院の外来で来られていたF子さんから待望の情報が得られました。
F子さんの家のすぐ近くにあるアパートにお年寄りの女性3名が一緒に住んでおり、その中の1人がB子さんと同姓同名であり、また背格好もほぼ同じであるというのです。
調査員はすぐにB子さんの家を訪ねました。応対に現れたB子さんは80歳近いとは思えないほどお元気な様子でした。
調査員がTさんの近況とご依頼の内容を話し始めるとB子さんの目から大粒の涙が溢れ、思わず調査員も目頭を熱くしました。
B子さんの話によると、B子さんはTさんと別れた2年後に見合い結婚をしたものの、夫は酒が入ると人が変わったようになり、B子さんはそれでずいぶんと苦労をされたそうで、ある時B子さんは夫にお腹をひどく蹴られて病院へ担ぎ込まれ、それが元で子供が出来ない身体になられたそうです。その夫とは丁度20年連れ添われたそうですが、その夫も52歳の若さで亡くなられたとの事でした。その後B子さんは婚家を出ることになり、高松に戻ってからは病院のまかない婦の仕事で何とか生活をしてこられたそうです。
B子さんの思い出話を聞き終えた調査員は、B子さんに伝えました。
TさんがB子さんに会いたいという想いを募らせて我々に行方捜しを依頼された事、貴女を探し出して無事元気でおられる事がわかった時は、自分の近況を伝えた上で『是非一度お会いしたい旨、必ず、必ず、伝えてほしい』と頼まれていた事を。
その言葉を聞いたB子さんは静かに、しかし力強くおっしゃいました。
『私にとってTさんは大切な大切な思い出です。Tさんの今の言葉は私には夢のようです。できるものならば昔に戻りたいという想いがある半面、時間が経って年齢を重ねた今の私の姿をTさんに見せたくはないという思いのほうが強いのです。今日は突然の事で取り乱してしまい恥ずかしく思いますが、我に返ってみると思い出は思い出のままにしておいた方が良いと思います』
(実際のB子さんの語り口とは若干違うところもあるでしょうが、言葉は一部の違いもなく記述できていると思います)
その後、調査員は、B子さんからTさんとのさまざまな思い出話を繰り返し伺い、2〜3時間後、漸くB子さんにTさんへの手紙を書いていただき、それを調査員が持ち帰ってTさんに渡す事を承諾していただきました。
それはB子さんを見つけた証であるとともに、この上ないTさんへの贈り物となりました。
Tさんには、直接お会いするまでB子さん発見の事は伏せておきましたので、B子さんを探し出したと聞くなり、B子さん同様Tさんも、大粒の涙をこぼされ、絶句されてしまいました。
Tさんの気持ちが落ち着いたころ、B子さんからの手紙を渡しました。
Tさんは手元を震わせながら何度も何度も繰り返し読み返しておられました。読み終えてからしばし、じーっと瞑想されていたTさんはおもむろに調査員へその手紙を見せてくださいました。
その手紙には次のように記されてありました。
『今日のようにこんな嬉しい日はこの何十年ありませんでした。Tさんの事は大切な私の宝物のような思い出です。すぐにお会いしたいという気持ちより、老醜を晒す事が恥ずかしく思いとどまりました。この先何年生きられるかわかりませんが、気持ちだけは別れたあの日以前に戻したいと思います。再びお会いできる決心がつくまで、手紙で昔のTさんと私に戻ってお付き合いを深めたいのです』
それから半年後、Tさんは高松へと旅立たれました。今ごろは、50年前の青春を再び取り戻されているのでしょうか。
今度は六条町方面で聞き込みを行ったところ、あっさりと、件の酒屋が判明し、当時のB子さんの家も判明しました。残念ながらB子さんは、TさんがB子さんと別れた数年後に坂出の方へ転居されていました。
しかし、B子さんと親しくしていたという方が見つかり、その方から
『B子さんは結婚して松山の方へ移り住んでいたが、ご主人を亡くし、子供がいなかった事で婚家を追われてしまった。その頃までは手紙のやり取りをしていたが、それ以降は高松に戻られたという事ぐらいしかわからない』
という情報を得、その情報を基に次の調査へと移行しました。
B子さんが現在70歳後半という高齢である事から病院に通院している可能性が高いと判断し、老人ホームやケアセンター、大病院という順で調べていったところ、市民病院の外来で来られていたF子さんから待望の情報が得られました。
F子さんの家のすぐ近くにあるアパートにお年寄りの女性3名が一緒に住んでおり、その中の1人がB子さんと同姓同名であり、また背格好もほぼ同じであるというのです。
調査員はすぐにB子さんの家を訪ねました。応対に現れたB子さんは80歳近いとは思えないほどお元気な様子でした。
調査員がTさんの近況とご依頼の内容を話し始めるとB子さんの目から大粒の涙が溢れ、思わず調査員も目頭を熱くしました。
B子さんの話によると、B子さんはTさんと別れた2年後に見合い結婚をしたものの、夫は酒が入ると人が変わったようになり、B子さんはそれでずいぶんと苦労をされたそうで、ある時B子さんは夫にお腹をひどく蹴られて病院へ担ぎ込まれ、それが元で子供が出来ない身体になられたそうです。その夫とは丁度20年連れ添われたそうですが、その夫も52歳の若さで亡くなられたとの事でした。その後B子さんは婚家を出ることになり、高松に戻ってからは病院のまかない婦の仕事で何とか生活をしてこられたそうです。
B子さんの思い出話を聞き終えた調査員は、B子さんに伝えました。
TさんがB子さんに会いたいという想いを募らせて我々に行方捜しを依頼された事、貴女を探し出して無事元気でおられる事がわかった時は、自分の近況を伝えた上で『是非一度お会いしたい旨、必ず、必ず、伝えてほしい』と頼まれていた事を。
その言葉を聞いたB子さんは静かに、しかし力強くおっしゃいました。
『私にとってTさんは大切な大切な思い出です。Tさんの今の言葉は私には夢のようです。できるものならば昔に戻りたいという想いがある半面、時間が経って年齢を重ねた今の私の姿をTさんに見せたくはないという思いのほうが強いのです。今日は突然の事で取り乱してしまい恥ずかしく思いますが、我に返ってみると思い出は思い出のままにしておいた方が良いと思います』
(実際のB子さんの語り口とは若干違うところもあるでしょうが、言葉は一部の違いもなく記述できていると思います)
その後、調査員は、B子さんからTさんとのさまざまな思い出話を繰り返し伺い、2〜3時間後、漸くB子さんにTさんへの手紙を書いていただき、それを調査員が持ち帰ってTさんに渡す事を承諾していただきました。
それはB子さんを見つけた証であるとともに、この上ないTさんへの贈り物となりました。
Tさんには、直接お会いするまでB子さん発見の事は伏せておきましたので、B子さんを探し出したと聞くなり、B子さん同様Tさんも、大粒の涙をこぼされ、絶句されてしまいました。
Tさんの気持ちが落ち着いたころ、B子さんからの手紙を渡しました。
Tさんは手元を震わせながら何度も何度も繰り返し読み返しておられました。読み終えてからしばし、じーっと瞑想されていたTさんはおもむろに調査員へその手紙を見せてくださいました。
その手紙には次のように記されてありました。
『今日のようにこんな嬉しい日はこの何十年ありませんでした。Tさんの事は大切な私の宝物のような思い出です。すぐにお会いしたいという気持ちより、老醜を晒す事が恥ずかしく思いとどまりました。この先何年生きられるかわかりませんが、気持ちだけは別れたあの日以前に戻したいと思います。再びお会いできる決心がつくまで、手紙で昔のTさんと私に戻ってお付き合いを深めたいのです』
それから半年後、Tさんは高松へと旅立たれました。今ごろは、50年前の青春を再び取り戻されているのでしょうか。
